Core -自分自身の核となるもの-
10月に入ってからというもの、さまざまなブログを立ち上げ、いわゆる「アウトプット」と呼ばれる作業をしてきました。
これはつまり、自分自身の原点とでもいうべきものを探る作業であったと思っています。
ここ2〜3日、その原点、核、とでも呼ぶべきものについて、より深く考えていました…
10月に入ってからというもの、さまざまなブログを立ち上げ、いわゆる「アウトプット」と呼ばれる作業をしてきました。
これはつまり、自分自身の原点とでもいうべきものを探る作業であったと思っています。
ここ2〜3日、その原点、核、とでも呼ぶべきものについて、より深く考えていました…
ここ最近、いろいろなブログを書いたり、いろいろなWeb上のサービスを利用したりしていったんだけれど、それは、なぜだか僕にとっては「自分とみつめあう」ような作業でもあったみたい。
それで、今さらながら、自分自身の理念とか性分、みたいなものについて、気づいたところを書いてみようと思う。
今日の東京は、穏やかな秋晴れの一日です。
そしてもうすぐ11月。
時間がたつのはあっという間だけれど、想いはきっと、ずっと残りつづける。
だから僕たちは、ほんとうは想いを大切に生きていきたいけれど、それを充分に感じようとすることを、ついつい、忘れてしまう。
そしてもっと言えば、純粋な想いと向きあうことを、怖がっているのかもしれない。
2009.10.27
さっき、自分の理想について書いてみたら、なんとなく、自分の最近のテーマが分かってきたので、書き留めておこうと思う。
それは、「すべての情報を共有し、人と人をつなげる」っていうこと。
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この間、ビジネスパートナーの政門さんから「100の質問」っていうのをいただいて、それが面白かったんだけど、それに刺激されて、自分の理想を文章にしてみたいと思ったので、やってみます。
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このCD、買ったのいつだっけなー。
ずいぶん、前だと思ったけど。
あまりにも素晴らしくて、それ以来、黒人になりたいな、なーんて思ったころもあったっけ(わかげのいたりね)。
今日、車で家に帰るとき、思った。
「僕が死んだら、どれくらいの人がお葬式にきてくれるだろう?」
って。
***
たぶん、そんなに多くはこないだろうな。
でも、きてくれた人は、きっと、悲しんでくれるだろう。
わがままかもしれないけれど、僕が死んだら、やっぱり、悲しんでくれたら、僕は嬉しい、と思う。
喜ばれるよりは、いいよね?
***
僕は今まで、たくさんの人たちを裏切ってきたと思う。
「裏切り」っていうのは一方的な言葉ではあるけれど。
人はなぜ、期待するんだろう?
例えば、誰かが誰かに「勝手に」期待して、相手はそれに、応えられなかったとする。
すると、期待した相手は、がっかりして、「裏切られた」と、思ってしまう。
勝手に期待して、勝手に裏切られたと思って、がっかりする。
まるでひとり相撲だ。
***
だから僕は、今まで、他人に期待したことは、ないと思う。
だから、裏切られた、なんて思ったことも、ない。
そして期待はいつか、依存に変わってしまうことがある。
***
僕はたくさんの人を裏切ってきたと思うけれど、でも僕は、誰の期待にも応えられるような人間には、なれないと思う。
ただ、僕が愛している人に対しては、本気の本気、で、せいいっぱい、その期待に応えられるように努力すると思う。
なんだかやっかいかもしれないけれど、僕にとっては、これが真実。
だからたぶん、お葬式には、そんなにたくさんの人はきてくれないだろうけれど、きっと、深く深く、悲しんでくれるだろうと(勝手に)思ってる。
***
で、今までのことはどうでもよくて(笑)、要するに何が言いたいか?っていうと、死ぬことを意識する、ってことだ。
よくいわれることだけれど、「明日、死んでも良いように、全力で生きろ!」とかいう人がいる。
例えばこんなふうに。
「今日、この日記を書いて、寝て、明日、そのまま起きないで死んでしまったら?」
確かに、そう考えると、ひとつひとつのことに、もう少しだけ、一生懸命、取り組めるような気がする。
でも、本気で「明日、死んでも良いように、全力で生きる」ことをしようと思ったら、僕はたぶん、死ぬまで寝ないだろう。
だって、全力って、そういうことでしょ?
それに僕は、愛する人のもとから、一瞬たりとも、離れないだろう。
だって、明日、死んじゃうんでしょ?
なんか寂しいじゃない?
***
ただ、「明日、死んでも良いように、全力で生きろ!」という、言葉の意味は、分かる。
一瞬、一瞬に、本気 × 全力でぶつかること。
そしてそれは、死ぬことを意識することにより、行動として表現できるようになる。
こんなような意味だろう。
これはとっても、大切なことだし、素晴らしいことだと思う。
もし僕が、これと同じような意味の言葉を、誰かに言うとするならば、「思わず夢中になってしまうくらい楽しいことをしようよ」と、言うだろう。
そうやって、今、この一瞬、一瞬を、生きていけたら、素敵だと思うから。
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