高次元の魔人ブウ

過去の思い込みを見つめ直すことにより、現在における振る舞いや考えかた、捉えかたが変わっていく。

その結果として、現実が変わっていく。

こう考えると、世界は「思い込み」でできているような気がしている。

あれも。これも。

所詮はいわゆる、思い込み。

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これは要するに、ものごとを別の角度から見つめ直す、っていうふうにも言えると思う。

だけど、そもそもなぜ、人は、その過去の思い込みとやらを見つめ直したいと思うんだろう。

つまり、なぜ人は、現実を変えたいと思うんだろう?

幸せになりたいから?

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僕は、必要以上に幸せを求めることが好きではない。

なぜかというと、(僕の考えでは、)ものごとはすべてニュートラルに落ち着くから、だ。

ようするに…こういう言いかたは好きじゃない、っていうか、ちょっと恥ずかしいけれど…幸せっていうのは、求めて得るものではなくて、自分自身の中から湧きでてくるようなもんなんだろう、きっと。

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強引に、これを別の角度から見つめ直してみるなら、こういう言いかたもできる。

…もしも、高次元というものが存在するならば、次元があがるたびに、物質は物質でなくなり、ふわふわとカタチをとどめない雲のようになり、さらにそのうえの次元では、ただただ微細な振動が存在するだけ、なんじゃないだろうか。

そして、ここまでくれば、幸せもクソもない…

とかなんとか。

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しかしこう考えたとき、その微細な振動について思いをめぐらせることは、驚きでもあるし、何か自分以外の、なにか、を感じたり感じなかったりもする。

ま、ドラゴンボールでいえば魔人ブウみたいなもんだよね?

ふわふわとした雲みたいなのが、固まって、ブウになる。

もしかしたら、あの、ふわふわの雲のブウは、超高次元の存在なのかもしれない。

どうでもいいけど。

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人は高次元にあこがれるけれど(意識的にせよ、無意識的にせよ、ね)、超高次元は無視しようとする。

そして人は、どこから来て、どこへいくのか?

単なる物理的・科学的な現象として、私たち「人」というものが生まれたんだろうか?

だけど…ミモフタもないけれど…そこに「意味」はないだろう、きっと。

もちろん別の角度からみれば、「意味」を見いだすことはできるだろうし、それを人は「秘密」とか呼んじゃうかもしれない。

繰りかえしになっちゃうけれど、ただ、たんたんと日々は過ぎ、そして死ぬ。

ただそれだけなんだけれど、いや、ただ、それだけなんだから、こそ、日々のささいなことがらが、やけにいとおしかったり、悲しかったり、嬉しかったり、幸せだったり、するんだろう、たぶん。

あ、それから、むかついたり、っていうのもあるな。

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