自分自身の “理念” とでもいうべきもの
ここ最近、いろいろなブログを書いたり、いろいろなWeb上のサービスを利用したりしていったんだけれど、それは、なぜだか僕にとっては「自分とみつめあう」ような作業でもあったみたい。
それで、今さらながら、自分自身の理念とか性分、みたいなものについて、気づいたところを書いてみようと思う。
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まずは僕は、思ったよりも平和主義者、というか、「みんなに幸せになって欲しい」みたいな想いを漠然と持っている。
みんなって誰? とか、それって偽善ぽくない? とか、いろいろあると思うかもしれないけれど、なんとなくそうなんだよね。
正確にいえば、「みんなに“も”、幸せになって欲しい」という感じかなあ?
僕は割と人を選ぶタイプだし、選ばなかった他人に対してはものすごく冷たいけれど、それとは別に、こういう想いもあるってこと。
矛盾しているようだけれど、そうみたい。
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で、これを根本として考えたとき、今、僕が感じているのは、「幸せっていうのは、仕事と関連があるんじゃないだろうか?」ということ。
特に、「誰かにいわれてやる仕事」というよりは「自発的な仕事」とでも言えばいいのかな。
つまり僕は、その人の幸せというのは、自己の実現、というものと深く関わっていると考えていて、だからこそ、仕事を通して自己を実現していく、っていうことが、ひとつのポイントになるような気がしている。
おおざっぱにいえば、「仕事が楽しければ、人生も楽しい」みたいな感じ。
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もちろん仕事といっても、「主婦のしごと」も立派な仕事、と僕は思っている。
だからこそ、それが楽しければ、日々の生活もググッと楽しくなるよね?というイメージ。
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そういう意味で僕は、「好きなことを仕事にしていくこと、そのための努力や工夫」って、とても大事だと感じている。
なぜならそれっていうのは、自己を実現していく過程ととても近しい、と、自分の体験上、感じているから。
だから、大きな意味で、僕自身の理念、みたいなものがあるとするならば、「世の中のすべての人が、好きなことを仕事にすることができて、幸せな生活を送れるように」というようなもの。
で、それを大きな幹として、いろいろな活動をしていきたいな、と、思っている。
この「幹」やそこから派生する「枝葉」の部分は、たぶん、時間の経過とともに変わっていくのだろうけれども、僕の根本である、「他人を選ぶクールな一面もあるけれども、同時に、世の中の人に幸せになって欲しい気持ちもたしかに持っている」という部分は、おそらく、一生、変わらないだろうな、と思う、今日この頃。
