分離と統合、情報の一元化

「分離と統合」ということについて、感じたことをまとめておきたいと思います。

一般的には「情報の一元化」とかって最近は呼ばれているのかな?

これは特に Twitter をやってて思ったことなんだけれど、とにかく適当にずらずらーっとフォローさせていただくと、「自分にはまったく関係なさそうにみえる情報」が、どんどん入ってくる。

と、同時に、「これはすごく関係ありそうだ!」とか、「これは今すぐチェックしなくては!」というような情報も、どんどん入ってくる。

よく「カオス」なんて言われたり、言われなかったりしているけれど。

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で、Twitter のタイムラインを眺めていて思ったのが、「分離と統合」ということ。

つまり、いろいろなものを「整理しやすくするためにあらかじめ分けて」考えたり、処理したりするのではなく、「なるべく一緒に、ごった煮的にしてみたい」ということ。

もちろんこれは、その最終段階…つまり、情報をゲットして、思考して、行動を起こす、という流れ…に従って、徐々に細分化されてはいくのだけれど、初期の段階「情報をゲット」というフェーズでは、「カオス」というものに、少なくとも今は、魅かれている。

えっと、もう少し適切な言葉でいえば「ノンカテゴリー」ということになるのかな?

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そんなような意味で、結局、僕が発信する情報も、できるだけごっちゃにしようと思った。

もしもそれにタグをつけるのならば、それは「僕」というタグしかつけようのないような。

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このことについて、根本を探ってみるのならば、それはおそらく「エゴを肯定すること」になると思うんだけれど、この部分については、もう少し考える必要があると思う。

つまり、人は自由を恐れる、と誰かがいったけれど、そのとおりなのかもしれない。

自由というのは、保障のない世界だし、何かをめざすこともできない。

でも、あえてそこに魅かれるのは、自分自身をもう少し信頼したいから、なのかも…と、思ったり思わなかったりする、今日この頃、です。

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