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	<title>Daily LOG &#187; 僕の運命論（仮説）</title>
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	<description>Daily LOG by Yushi UDAGAWA</description>
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		<title>世界観は変わるのか？</title>
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		<pubDate>Tue, 15 Dec 2009 02:22:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Y.UDAGAWA</dc:creator>
				<category><![CDATA[僕の運命論（仮説）]]></category>

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		<description><![CDATA[くわしくは知らないけれど、昔の人は、「地球の周りを太陽が回っている」と、思っていたそうな。 今、世界は、「自分に責任がある」という価値観が主だと思う。 前回のエントリーでも書いたような、「カルマの法則」というもの。「原因と結果の法則」っていう本もあったな。 良いことをすれば、良いことが起きる。 悪いことをすれば、悪いことが起きる。 前世から受け継いだカルマを落とさなくてはいけない。 とかなんとか。 これは、とても「しっくりくる」考えかただと思う。 だって、「原因は、あなたにあります」と、言われたほうが、いろいろとおさまりが良いもの。 でも僕は、あくまでも直感でしかないけれど、「それはちょっと違うかも…」と、感じています。 自分に原因があろうがなかろうが、起こることは起こる。 だから、「よい行い」とかって、あんまり関係ないのでは？と。 なぜそう思ったかというと、「占い」の結果から、そう思った。 毎日、占いをチェックしていると、確かに「当たっている」と、感じることが多い。 もちろん、それは人それぞれ、受けとりかた次第なんだろうけれど。 でも、実感として。 「当たる」ということは、僕がどんなにそれを避けようとしても、避けようがないこと。 だから、「良い行い」とかって、関係ないんじゃないか？ と、感じる、今日この頃、なのです…。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="section">
<p>くわしくは知らないけれど、昔の人は、「地球の周りを太陽が回っている」と、思っていたそうな。</p>
<p></p>
<p>今、世界は、「自分に責任がある」という価値観が主だと思う。</p>
<p>前回のエントリーでも書いたような、「カルマの法則」というもの。「原因と結果の法則」っていう本もあったな。</p>
<p></p>
<p>良いことをすれば、良いことが起きる。</p>
<p>悪いことをすれば、悪いことが起きる。</p>
<p>前世から受け継いだカルマを落とさなくてはいけない。</p>
<p></p>
<p>とかなんとか。</p>
<p></p>
<p>これは、とても「しっくりくる」考えかただと思う。</p>
<p></p>
<p>だって、「原因は、あなたにあります」と、言われたほうが、いろいろとおさまりが良いもの。</p>
<p>でも僕は、あくまでも直感でしかないけれど、「それはちょっと違うかも…」と、感じています。</p>
<p></p>
<p>自分に原因があろうがなかろうが、起こることは起こる。</p>
<p>だから、「よい行い」とかって、あんまり関係ないのでは？と。</p>
<p>なぜそう思ったかというと、「占い」の結果から、そう思った。</p>
<p>毎日、占いをチェックしていると、確かに「当たっている」と、感じることが多い。</p>
<p>もちろん、それは人それぞれ、受けとりかた次第なんだろうけれど。</p>
<p>でも、実感として。</p>
<p>「当たる」ということは、僕がどんなにそれを避けようとしても、避けようがないこと。</p>
<p>だから、「良い行い」とかって、関係ないんじゃないか？</p>
<p>と、感じる、今日この頃、なのです…。</p>
</div>
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		<title>運命に関する、ふたつの仮説</title>
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		<pubDate>Sun, 06 Dec 2009 10:00:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Y.UDAGAWA</dc:creator>
				<category><![CDATA[僕の運命論（仮説）]]></category>

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		<description><![CDATA[今、僕は、「運命に関する、ふたつの仮説」の間で揺れています。 ひとつは、前回の記事でもちょっと触れた、「カルマの法則」というヤツ。 これは、簡単にいうならば、「運命とか幸せというものは、自分自身に原因がある。だから、良い行いをして、悪い行いをしないようにすれば、運命は改善されていく」というもの。 んで、ややこしいのになると、「前世で悪い行いをしていたから、それを落とさなくてはいけない」とかっていうのもあるそうです…。 この辺、詳細は不明です。だって確かめようがないんだもん…。 ただし、正しくヨーガを行って、正しい呼吸法を行い、正しく瞑想をすると、「確かにそのとおりだ！」と、実感できるそうです。 ほんとかな～。 と、訝しがっても一歩も前進しないので、今、僕は、ヨーガとその理論を学んでいます。 次、ふたつめの仮説。 これは、「あなたには原因はありません」というヤツ。 今まで、さんざん言われてきた「カルマの法則」。 言い換えればこれは、「責任はあなたにありますよ」という内容です。 しかし。 「そうではありませんよ」、というのが、２つめの仮説。 あなたには原因がありません。一切、責任はないのです。では、どこに責任があるかというと、「あなたの外側」です。 つまり例えば、部屋の中の机の位置を変えたり、ある特定の動物を飼ったりすることにより、努力やカルマの法則など一切関係なしに、運命が変わってしまう…というもの。 ほんとかな～。 と、訝しがっても一歩も前進しないので、とりあえず、風水でも学んでみようかと考えています。 今、僕の中には、対極と思われる「運命に関する２つの仮説」があります。 僕が生きているうちに、なんとか、この仮説を実証してみたいものです。 　]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="section">
<p>今、僕は、「運命に関する、ふたつの仮説」の間で揺れています。</p>
<p></p>
<p>ひとつは、前回の記事でもちょっと触れた、「カルマの法則」というヤツ。</p>
<p>これは、簡単にいうならば、「運命とか幸せというものは、自分自身に原因がある。だから、良い行いをして、悪い行いをしないようにすれば、運命は改善されていく」というもの。</p>
<p>んで、ややこしいのになると、「前世で悪い行いをしていたから、それを落とさなくてはいけない」とかっていうのもあるそうです…。</p>
<p>この辺、詳細は不明です。だって確かめようがないんだもん…。</p>
<p></p>
<p>ただし、正しくヨーガを行って、正しい呼吸法を行い、正しく瞑想をすると、「確かにそのとおりだ！」と、実感できるそうです。</p>
<p></p>
<p>ほんとかな～。</p>
<p>と、訝しがっても一歩も前進しないので、今、僕は、ヨーガとその理論を学んでいます。</p>
<p></p>
<p>次、ふたつめの仮説。</p>
<p>これは、「あなたには原因はありません」というヤツ。</p>
<p></p>
<p>今まで、さんざん言われてきた「カルマの法則」。</p>
<p>言い換えればこれは、「責任はあなたにありますよ」という内容です。</p>
<p></p>
<p>しかし。</p>
<p>「そうではありませんよ」、というのが、２つめの仮説。</p>
<p></p>
<p>あなたには原因がありません。一切、責任はないのです。では、どこに責任があるかというと、「あなたの外側」です。</p>
<p>つまり例えば、部屋の中の机の位置を変えたり、ある特定の動物を飼ったりすることにより、努力やカルマの法則など一切関係なしに、運命が変わってしまう…というもの。</p>
<p></p>
<p>ほんとかな～。</p>
<p>と、訝しがっても一歩も前進しないので、とりあえず、風水でも学んでみようかと考えています。</p>
<p>今、僕の中には、対極と思われる「運命に関する２つの仮説」があります。</p>
<p></p>
<p>僕が生きているうちに、なんとか、この仮説を実証してみたいものです。</p>
<p>　</p>
</div>
]]></content:encoded>
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		<title>運命と成功哲学</title>
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		<pubDate>Wed, 25 Nov 2009 17:24:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Y.UDAGAWA</dc:creator>
				<category><![CDATA[僕の運命論（仮説）]]></category>

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		<description><![CDATA[先日、ちょっと面白い話しを聞きました。 「運命を変えるには、「よい行い」をすることが大切」というのです…。 これは、巷によくある 「カルマの法則」 というヤツでしょうか…。 つまり、良い行いをすると、それが貯金のようにたまっていって、運命を改善してくれる、というのです。 逆に、悪い行いをすると、貯金が減ってしまうそうです。 さらに、貯金がたまっていないのに運命をよくしてしまうと、あとでしっぺ返しをくらうそうなのです。（借金みたいなイメージ） これは聞いた話なので、本当かどうかは、わかりません。 ただ、面白いな、と感じたのは、いわゆる 「成功哲学」 とか 「自己啓発」 などのマイナス面、という話です。 つまり、成功哲学や自己啓発というのは、先ほどのカルマの法則でいえば、「貯金がたまっていないのに運命を良くしてしまう」 ということなのだそうです。 確かに、ある種の成功哲学や自己啓発プログラムというのは、人間の潜在意識を操作する（操作してしまう）ので、効果はあるそうです。 しかし、カルマの法則でいえば、それは、貯金がないのにお金をおろそうとする、、「借金」 みたいなもの。 だから、成功哲学や自己啓発で成功した（ように思われる)人でも、長い目でみると、それ以上のマイナスを背負ってしまうことが、実は、多い、ということらしいです。 具体的には、精神的に鬱っぽくなってしまったり、稼いだお金以上の借金を背負ってしまったり…。 これを防ぐためには、「よい行い」 をすることだそうです。 また、このあたりを直感的に分かっている成功者（と呼ばれる人）は、自分が稼いだお金の、ある一定額を、毎月、慈善団体などに寄付しているそうです。 これは、カルマの法則で言うと 「よい行い」 にあたるのだそうです。 この法則が本当なら、とにかく 「よい行い」 をすれば良い、ということになります。 しかし、「よい行い」 の定義というのは、非常に難しいと思います。 なぜなら人は、人とつながりあって生きているからです。 本当の意味で、相手に対して 「良いこと」 をするのは、そう簡単ではありません。 ただ、いずれにしても言えるのは、悪い行いよりも、よい行いをしたほうがなんとなく気分が良い、ということです。 これが、今の僕にとっての真実です。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="section">
<p>先日、ちょっと面白い話しを聞きました。</p>
<p>「運命を変えるには、「よい行い」をすることが大切」というのです…。</p>
<p></p>
<p>これは、巷によくある 「カルマの法則」 というヤツでしょうか…。</p>
<p>つまり、良い行いをすると、それが貯金のようにたまっていって、運命を改善してくれる、というのです。</p>
<p>逆に、悪い行いをすると、貯金が減ってしまうそうです。</p>
<p>さらに、貯金がたまっていないのに運命をよくしてしまうと、あとでしっぺ返しをくらうそうなのです。（借金みたいなイメージ）</p>
<p></p>
<p>これは聞いた話なので、本当かどうかは、わかりません。</p>
<p></p>
<p>ただ、面白いな、と感じたのは、いわゆる 「成功哲学」 とか 「自己啓発」 などのマイナス面、という話です。</p>
<p>つまり、成功哲学や自己啓発というのは、先ほどのカルマの法則でいえば、「貯金がたまっていないのに運命を良くしてしまう」 ということなのだそうです。</p>
<p></p>
<p>確かに、ある種の成功哲学や自己啓発プログラムというのは、人間の潜在意識を操作する（操作してしまう）ので、効果はあるそうです。</p>
<p>しかし、カルマの法則でいえば、それは、貯金がないのにお金をおろそうとする、、「借金」 みたいなもの。</p>
<p></p>
<p>だから、成功哲学や自己啓発で成功した（ように思われる)人でも、長い目でみると、それ以上のマイナスを背負ってしまうことが、実は、多い、ということらしいです。</p>
<p>具体的には、精神的に鬱っぽくなってしまったり、稼いだお金以上の借金を背負ってしまったり…。</p>
<p></p>
<p>これを防ぐためには、「よい行い」 をすることだそうです。</p>
<p></p>
<p>また、このあたりを直感的に分かっている成功者（と呼ばれる人）は、自分が稼いだお金の、ある一定額を、毎月、慈善団体などに寄付しているそうです。</p>
<p>これは、カルマの法則で言うと 「よい行い」 にあたるのだそうです。</p>
<p></p>
<p>この法則が本当なら、とにかく 「よい行い」 をすれば良い、ということになります。</p>
<p>しかし、「よい行い」 の定義というのは、非常に難しいと思います。</p>
<p>なぜなら人は、人とつながりあって生きているからです。</p>
<p>本当の意味で、相手に対して 「良いこと」 をするのは、そう簡単ではありません。</p>
<p></p>
<p>ただ、いずれにしても言えるのは、悪い行いよりも、よい行いをしたほうがなんとなく気分が良い、ということです。</p>
<p>これが、今の僕にとっての真実です。</p>
</div>
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		<item>
		<title>目的を決めたとしても意味はない？</title>
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		<pubDate>Tue, 17 Nov 2009 14:37:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Y.UDAGAWA</dc:creator>
				<category><![CDATA[僕の運命論（仮説）]]></category>

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		<description><![CDATA[運命は決まっているというのならば、目的を達成する、ということはどうなるのでしょうか？ 例えば「思考は現実化する」と、言いますが、本当にそうなのでしょうか？ 私の感覚では、その余地もあると思いますが、かなりの部分は、あらかじめ決められているような気がします。 どうしても私には、「つねに思考は現実化する」とは思えないのです。 なぜなら、人は「ひとりではない」からです。 ものすごく変な例ですが、２人の人間が、「次期アメリカ大統領になる」と、思考したとき、いったい、どちらの思考が現実化するのでしょうか？ 想いが強いほうでしょうか？ でも、この時点で、「思考は現実化する」とはいえなくなってしまうのではないでしょうか？ 人は、自分でも知らないところで、大勢の人とつながっているので、自分が思考したことが、すべからく現実化してしまう、ということは、私には、どうしても考えにくい…と、いうか、なんだか、あまりにも恐れ多い、というか、あまりにも自分勝手な考えかたに思えてしまうのです…。 ですから、なんというか、運命にまかせちゃったほうが楽なんじゃないでしょうか？ 投げやりな気がしますが、そうではなく、それを受け入れていく、ということが大切なような気がするのです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="section">
<p>運命は決まっているというのならば、目的を達成する、ということはどうなるのでしょうか？</p>
<p>例えば「思考は現実化する」と、言いますが、本当にそうなのでしょうか？</p>
<p></p>
<p>私の感覚では、その余地もあると思いますが、かなりの部分は、あらかじめ決められているような気がします。</p>
<p></p>
<p>どうしても私には、「つねに思考は現実化する」とは思えないのです。</p>
<p>なぜなら、人は「ひとりではない」からです。</p>
<p></p>
<p>ものすごく変な例ですが、２人の人間が、「次期アメリカ大統領になる」と、思考したとき、いったい、どちらの思考が現実化するのでしょうか？</p>
<p>想いが強いほうでしょうか？</p>
<p>でも、この時点で、「思考は現実化する」とはいえなくなってしまうのではないでしょうか？</p>
<p></p>
<p>人は、自分でも知らないところで、大勢の人とつながっているので、自分が思考したことが、すべからく現実化してしまう、ということは、私には、どうしても考えにくい…と、いうか、なんだか、あまりにも恐れ多い、というか、あまりにも自分勝手な考えかたに思えてしまうのです…。</p>
<p>ですから、なんというか、運命にまかせちゃったほうが楽なんじゃないでしょうか？</p>
<p>投げやりな気がしますが、そうではなく、それを受け入れていく、ということが大切なような気がするのです。</p>
</div>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>運命は決まっているのか？</title>
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		<pubDate>Tue, 10 Nov 2009 19:02:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Y.UDAGAWA</dc:creator>
				<category><![CDATA[僕の運命論（仮説）]]></category>

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		<description><![CDATA[運命は決まっているのでしょうか？ 僕は、決まっていると思います。 なぜ、そう思うのか？ …根拠は、ありません。 ただ、あたる占い師や、未来を読み取る超能力者？ みたいな人に遭遇してしまったら、どうしても、そうとしか思えなくなったのです…。 彼らは、いろいろな方法で「運命（という情報源）」にアクセスします。 占星術師は、「星の配置」をもとに、運命を解読（翻訳）しようと試みます。 手相なら、手。 顔相なら、顔。 これらは、「手段」に過ぎません。 彼らがアクセスしようとしているのは、「運命」という名の「情報源」です。 そしてそこはおそらく、私たちひとりひとりの運命が明文化されているわけでは、ありません。 なぜなら、以前の記事にも書いたように、「ひとつの運命が、複数のものごとを物語る」ようにできている（ように思える）からです。 おそらく、運命というのは決まっています。 今、僕が興味があるのは、「その範囲はどこまでか？ そして、運命の改善はどこまで可能なのか？」ということです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="section">
<p>運命は決まっているのでしょうか？</p>
<p>僕は、決まっていると思います。</p>
<p>なぜ、そう思うのか？</p>
<p></p>
<p>…根拠は、ありません。</p>
<p></p>
<p>ただ、あたる占い師や、未来を読み取る超能力者？ みたいな人に遭遇してしまったら、どうしても、そうとしか思えなくなったのです…。</p>
<p></p>
<p>彼らは、いろいろな方法で「運命（という情報源）」にアクセスします。</p>
<p></p>
<p>占星術師は、「星の配置」をもとに、運命を解読（翻訳）しようと試みます。</p>
<p>手相なら、手。</p>
<p>顔相なら、顔。</p>
<p></p>
<p>これらは、「手段」に過ぎません。</p>
<p>彼らがアクセスしようとしているのは、「運命」という名の「情報源」です。</p>
<p></p>
<p>そしてそこはおそらく、私たちひとりひとりの運命が明文化されているわけでは、ありません。</p>
<p></p>
<p>なぜなら、<a href="http://d.hatena.ne.jp/yushixxx/20091031/1256996556">以前の記事</a>にも書いたように、「ひとつの運命が、複数のものごとを物語る」ようにできている（ように思える）からです。</p>
<p></p>
<p>おそらく、運命というのは決まっています。</p>
<p></p>
<p>今、僕が興味があるのは、「その範囲はどこまでか？ そして、運命の改善はどこまで可能なのか？」ということです。</p>
</div>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>ないところにある</title>
		<link>http://blog.trequartista.org/ndt/%e3%81%aa%e3%81%84%e3%81%a8%e3%81%93%e3%82%8d%e3%81%ab%e3%81%82%e3%82%8b/</link>
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		<pubDate>Sat, 07 Nov 2009 06:03:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Y.UDAGAWA</dc:creator>
				<category><![CDATA[僕の運命論（仮説）]]></category>

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		<description><![CDATA[運命を味方につけるということについて考えてみたいと思います。 私の仮説では、これは「瞬間に存在すること」だと思っています。 これは、過去も未来もなく、その瞬間に存在することだけを考える、というような意味です。 人は、理想や目的を持っていきていきます。 しかし、実は、この「理想や目的」がやっかいものなのではないでしょうか？ …と、私は感じています。 過去も未来もなく、その瞬間に存在する、というのは、理想や目的を考えない、ということだと思います。 ただ、食べるために食べ、生きるために生きる。 もちろん、私たちの世界では、目的や理想を捨て去ることは難しいことだと思います。 しかし、実はここに、運命を味方につけるヒントがつまっているのではないか？と、私は感じています。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="section">
<p>運命を味方につけるということについて考えてみたいと思います。</p>
<p></p>
<p>私の仮説では、これは「瞬間に存在すること」だと思っています。</p>
<p>これは、過去も未来もなく、その瞬間に存在することだけを考える、というような意味です。</p>
<p></p>
<p>人は、理想や目的を持っていきていきます。</p>
<p>しかし、実は、この「理想や目的」がやっかいものなのではないでしょうか？</p>
<p>…と、私は感じています。</p>
<p></p>
<p>過去も未来もなく、その瞬間に存在する、というのは、理想や目的を考えない、ということだと思います。</p>
<p>ただ、食べるために食べ、生きるために生きる。</p>
<p></p>
<p>もちろん、私たちの世界では、目的や理想を捨て去ることは難しいことだと思います。</p>
<p></p>
<p>しかし、実はここに、運命を味方につけるヒントがつまっているのではないか？と、私は感じています。</p>
</div>
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