ザ・ワールド・イズ・マイン

20歳くらいの頃だったかなあ、当時、まだ隔週だったヤングサンデーの、いちばん最後にいつも載ってた漫画。

それが、「ザ・ワールド・イズ・マイン」だった。

今は僕は漫画は読まないけれど、「ザ・ワールド・イズ・マイン」と「ドラゴンボール」だけは特別。

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で、ヤングサンデーで読んでた頃は、正直、よく、分からなかった。

ただ、映画みたいなコマ割り(っていうのかな)と独特なセリフ回しがかっこ良くて、モンちゃんの活躍にしびれてた…って感じ。

真説 ザ・ワールド・イズ・マイン

真説 ザ・ワールド・イズ・マイン

よく考えれば、モンちゃんはアンチヒーローではなく、本当の悪役なのだから、それにしびれる僕っていうのは、たぶん、若気の至りだ(と、思いたい)…

あえて正直にいえば、「どんどん人が死んでいくさま」が、なぜか爽快に感じた(あの頃…)。

それは、あの漫画の中で、稀代の殺人鬼であるモンちゃんに入れ込む一般大衆と同じだ。

自分たちは高みの見物で、「もっと殺せ!」と、そう言ってた。

なんだろう?あの感じ。

今は、たぶん、ほとんどそういう「お祭り感」みたいなものはない。「面白ければいいだろう」的な。

だからといって、意味や真実、正しさを必要以上に振りかざす気持ちも、たぶん、あまりない。

…枯れてるのかな(笑)。

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たぶん僕は「真理」みたいなものに興味がある(今は)。

しかして、その地平からものごとを眺めるに、多くのものは「肯定的な意味で、どうでも良いこと」に見えてくる。

「肯定的な意味で、どうでもいい」っていうのは、なんていうのかな、あんまり欲がないような感じ。

でも、葉っぱが風に揺れるその瞬間とか、好きな人が笑った瞬間とか、そういうのが、なんだか「永遠」に感じられるような気持ち。

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たぶんなんだけれど、僕らが「大切だ」と、思って、後生大事に扱っているものって、本当はどうでもいいことばかりなんじゃないかな?

なぜか、ザ・ワールド・イズ・マインを読んで、そう思った、今日この頃、なのでした。

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