勝手な予想なのですが、有名であるということはそれによるメリットよりもデメリットのほうが大きいのではないでしょうか?

特にインターネット界隈においては、その有名税はちょっと高すぎるような気がしたり、しなかったりしています。

ただこれは私の性格によるところなのかもしれません。

「できるだけ地味に目立たずに、でも言いたいことは伝える」

ちょっと矛盾しているようですが、これくらいのニュアンスが自分にとっては心地よいのです。

もちろん私も人間ですから、人気者になりたいというような欲求は必ずあるはずですし、否定はしません。

しかしそれは結果であって目的ではない。

また私の今までの経験上、「この人はちょっと違うな」というような人は、なにげに地味〜というか普通であることが多いです。

なんていうのかな、「私、お金もってますのよ」とわざわざ言わない感じ、といえばいいのか……。

強い光を放つ人、影の濃い人、そして光も影もあたらない、地味〜な人。

でもその人は、地味〜な状態でもレベルが高いので、わざわざ光を放つ必要がない。なぜならその光が呼び寄せるのはその人にとっての「やっかいごと」が多かったりするから。

もともと「華」のあるという方もいらっしゃると思います。しかし私が出会った何人かの魅力的な人たちは、こんな感じでした。

そんなわけでこういう目線からものごとを見てみると、妙に自分の実績をアピールする人や名前を売りたがる人、俺はすごいんだぞ的な人というのは、そうしなければいけない理由があるのでは?というように感じることがあります。

結果的にそうなったのであればそれは素晴らしいことです。

ですがこのあたりの境界線の見極めっていうのは、これからも必要なスキルなのかもしれないと思っています。

何をもって本物であるとするかは難しいところですが、おそらく本物は「俺は本物だ」とは言わないし、めったなことでは言おうともしないような気がしています。

更新情報をメールでお知らせします。

このブログの更新情報を無料でメールでお知らせします。こちらのブログの購読ページから登録してください。