130402

良いか悪いかは別として、私たちは大人になると規則正しい生活を心がけるようになります。

平日は決まった時間に起きて、仕事をして、という一日を送っているのみならず、その中でのやるべきことにおいても、無駄なく効率的に、というように暮らしている人も少くないでしょう。

もちろん私もそのひとりで、独立したばかりのころは “好きな時間に寝て、起きて” という気ままな生活を楽しんでいましたが、すぐに規則正しい生活に憧れるようになりました。

実際問題、好きな時間に寝ても起きても、飲めもしないのに平日の昼からビール!なんていうのも、それほど楽しくはなかったです。

ただ重要なのは「やろうと思えばそれができる」という気分的な部分においての主導権というか選択権を握っていることで、これは心に平和と安定をもたらしてくれます。

苦労の末、ある程度、規則正しい生活を送れるようになった今では、それを基本的なスタイルとしつつも、「でも遊びに行きたかったらいつでもいけるし」と心のどこかに保険のようなものがあるのでストレスはたまりにくくなりました。

日々のやるべきことにおいても同様で、普段は私は GTD という手法を使っていろいろなことを管理、整理しているのですが、そんな中にあっても、たまってきている仕事を脇においてでも優先したい仕事、つまり仕事の中でハメを外したいとき、というのがたまにあります。

またそういう仕事っていうのはやりたいからやっているわけであって、楽しいんですよね。

こんなふうに、普段は秩序だった生活をしているのだけれども、でもやろうと思えばある程度は自由にハメを外すことができる、そんな風に生活していくということを、私はいつも意識してきたような気がします。

若い頃は、ただただ奔放なだけでしたが、その奔放さというものが若さならではの青さでもあったのだと思います。

今は、言ってみれば統制された奔放さ、とでもいえば良いのでしょうか。それを大人であるとか、立派な社会人であるとかいうのであれば、そうなのかもしれません。

しかし男というのはたぶん、どこかで青いままでいつづけるような気もしています。

自分で築きあげてしまった壁をすり抜けたり壊したり、それでどこまでも走っていくことも不可能じゃないんだ、と今でも信じてしまう自分もいるんですよね。

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