好きなことを仕事にして稼ぐということについて。

メリットといえば、気持ち的に落ちつきやすいというところだと感じています。

気持ち的に落ちつくというのは変な表現なので、”うしろめたさが少ない” といっても良いでしょうか。

もっとひらたく言えば “やりがいがある” ということになるのかもしれません。

私の場合、好きでない仕事でお金を稼ぐことができたとしても、それを一時的ではなくずっと続けていくというのはどこかで何かに負担がかかってしまうようです。

自分でも気づかないうちに無理をしていたり、ストレスが溜まっていたり。これらは知らないうちに私の考えや振る舞いに影響を与えていたようで、いまから考えるとちょっと怖いです。

今はいろいろな毒素(?)が抜けて自然体になれたというか、気のせいかもしれませんがより自己実現的な生活に近づいたような気がしています。

もちろんここでいう好きを仕事に、というのは、例えば音楽が好きだからミュージシャンになるとか、テレビが好きだからテレビ局に入社したいとかいう適当なものではなくて、もうちょっと具体的な、実際に日々、行う作業レベルでの「好き」というような意味あいです。(ちなみに適当が悪いといっているわけではありません)

また自然体ということに関していえば、いちばん感じるのは “自分は自分” という感覚です。他人と比べたり競争したりして自分を支える必要がなくなりましたので、その分だけ自由になれたというような気がしています。

若気の至り的な言いかたをすれば、自分が飼われている水槽の大きさを競う必要はなくなったということ。心細いし危険もイッパイかもしれないけれども、どこまでも広い海へ飛び出したんだ、というような感じです。

そんな、自由なんだけど不安定な状況にあるとき、好きである、という気持ちはひとつの拠り所にもなるのかもしれません。

そのような意味で、楽して稼げてしまうというのは、やはりどこかでうしろめたさを感じます。これも私だけかもしれませんがそういう状態で感じる罪悪感とか疑問というのは、底がみえないんですよね。それが怖いです。

仕事に対する姿勢というのは人それぞれだと思いますが、私の場合は良くも悪くも、ある程度は「はたらいたぞ」という感覚があったほうが気持ち的には楽です。

とはいえ私も、投資しているものの価値があがればやっぱり興奮しますし、嬉しいなと思う気持ちもありますので、楽に稼ぐということを否定することはできませんし、そのつもりもありません。

ただ両方のバランスが大切なのかなあ、とは思います。

好きなことを仕事にしていくということについては、あらかじめこのあたりの微妙なバランスをコントロールしやすいように考えながらやっていくということが大切なんじゃないかと思っています。

もしかしたら世の中の多くの人は定年とかリタイアして悠々自適の生活を夢見るのかもしれません。しかし私としてはやっぱり、好きな仕事を好きなように働いて死んでいけるということのほうに今のところ魅力を感じています。

10年後はまた違うように感じるのかな。

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