前にも書いたかもしれませんが、人生って思ったほど自由に過ごせる時間が少ないんだなと感じることがあります。

独り身でそれなりの収入があって時間の融通がきけば良いのかもと考えていましたが、いつまでも結婚もせず子供もいない状態で気軽かつ好き勝手に暮らすというのは、やっぱり心のどこかで不安があったのかもしれません。

私自身、結婚するつもりはなかったのですが…

しかしなぜか30代も後半の後半になって結婚をしてみて感じたのは、結婚すること、そして子供ができることによって、確かに気楽さや好き勝手な時間というのは少なくなるけれども、その逆にひとりではできなかったことができるようになった、ということです。

自由に対する感覚について

もしも二者択一しかないとするなはらばどちらが良いか?というのは、うーん、すごく難しいところですけれども、ただ、家族がありながらも個人としての時間も工夫次第でつくることができる、ということを考えれば、やっぱり結婚や子育てというのは体験しておけると楽しいのかなあ、とも感じています。

高校生の頃のことをちょっと思い出してみると、やっぱり今よりは純粋だったのかなあ、と感じることがあります。

例えば通学中にワイワイとふざけて楽しかった瞬間とか、ギターをはじめたばかりの興奮みたいなものとかがずっと残ってる、そんな風に感じることがあります。

すごく大雑把な言いかたをしてしまいますが、つまるところ時間とか自由に対する感覚っていうのは単純に数値でははかれないところがあって、人の想いやその深さ、純粋さみたいな感情的な要素もたぶんに含んでいるんじゃないか?ということです。

ですから、自由に使える時間が多いからといってその人が自由であるとは限らない。高校生のときのほんの一瞬のように、少ない時間でも自由を感じられるような、そんなこともあるのかもしれません。

こんな風に考えてみて、私が思ったのは、ちょっと照れくさいのですが、「毎日がちょっとだけ特別でも構わないんじゃないのか?」ということです。平たくいえば、「楽しむことにもう少しだけ積極的になってみよう」というような感じしょうか。具体的にいえば、一日の中でちょっとだけ特別なことをできる時間というものを意識的につくってみよう、ということです。

ですけどたぶんこれって、きっと普通の人は普通にやっていることなんですよね?きっと…。友だちと食事に行くとか、映画を見るとか、買いものに行くとか…。

「いつかやる/たぶんやる」リストを活用する

まあとにかく、これらを GTD 的にいうならば「いつかやる/たぶんやる」リストをもっと活用してみよう、ということになります。

「いつかやる/たぶんやる」リストというのは、日々のやるべきことに追われているような状況ではなかなか手がまわりません。しかしちょっと冷静に客観的になって GTD システム全体をながめてみると、案外、「いつかやる/たぶんやる」リストをもう少し活用して楽しむこともできるはず、ということに気づくのでないでしょうか?

ちょっとだけ引用してみます…

ほとんどの人は、「いつかやる/多分やる」のリストにいくつかのサブカテゴリーを設けている。読んでみたい本、作ってみたい料理、行ってみたい場所、習ってみたいことなどだ。

ひとつ上のGTD ストレスフリーの整理術 実践編 デビッド・アレン, 田口 元 (二見書房 2010)

…「いつかやる/たぶんやる」というリストは、GTD の中ではある種の “ごほうび” みたいなものではないかと思います。日々のタスクをいかに効率的に処理し、生産性を高め、かつ創造的にプロジェクトを終えていく…なんてことばかり考えていると(私だけかもしれませんが)胃のあたりから何か重たいものがせり上がってくるような感じがいたします。

まとめ

できるならもっとのほほんと働きたいのですが、まあそうもいかないときもありますよね。

そんなとき、一日の中でほんのちょっとの時間でも良いので、ちょっとだけ特別な、楽しむための時間を作りたいなあ、と、感じたのです。

GTD を実践して慣れてきたら、ぜひ「いつかやる/たぶんやる」も見なおしてみてあげてください。

もしかするとそこには自分にとってすごく大切なことがつまっていることもあるかもしれませんし。

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