つきつめてみれば、自分自身が原因で起こる問題のほとんどは決断を先延ばしにしたことからはじまっているのではないかと思うことがあります。

何らかの決断を下せば、それに対して何らかの反応をせざるを得ないはずで、良いか悪いかは別として何らかの結果がでるはずだからです。

しかしそうではなく決断を先延ばしにしてしまえば、それは雪だるまのように大きくやっかいな問題になってしまっていることが多く、同時に感情的な重たさなども加わって、なんというかものすごく非生産的な時間を過ごすことになりがちです。

中学生のとき、図書室で借りた本をいつまでも返さなかったために督促状なるものを受け取った苦い思い出がありますが、まあそういうことですよね。

本を返却するという行為は別にどうってことのない、当たり前にやるべきことであるはずなのに、面倒だからといって放っておいたら、次はだんだんと「今さら返しにいくのは恥ずかしい」とかなんとか余計な問題まで抱え込むことになってしまいました。

今となっては良い思い出というか恥ずかしい思い出のひとつですが、実は日々過ごしている生活においても、小さな決断を先延ばしにしたばっかりに余計な仕事がふえてしまったり、効率が悪くなってしまったり、ということはないでしょうか?

決断のバリエーション

GTD にせよなんにせよ、いわゆる整理術とか生産性を高める手法というのは、要するには “決断のしかた” についてのバリエーションではないかと考えることがあります。

GTD の場合は、基本としてそれ(決断のしかた)が5つのステップに分かれていて、最後のステップで実行されていくことになります。また同時に6つのレベルから全体を俯瞰することによって、その精度を高めたり、方向性を確かめたりすることができるようになっています。

このような観点から見てみると、なぜこれらの手法が難く感じたり、なかなか身につかなかったりするのかといえば、それはやはり “決断しつづけていくということは大変だから” ということでかもしれません。

GTD に関してまじめに取り組んでみると分かりますが、身の回りにあるさまざまな気になるモノを一箇所に集めて、これはいるか、いらないか?いらないなら捨てるのか?売るのか?といった決断(GTD 的にいえば処理、整理)をひとつひとつくだしていくというのは、実際にはかなり疲れる作業です。

角度を変えてみる

しかしここを避けてしまうと、いくら見た目上では GTD を取り入れていても、おそらくそれほど効果は表われないだろうし、どこかで破綻するのではないかと思います。

ですから自分なりの決断のバリエーションというのをいくつか意識的につくってみるというのもひとつのコツになるのかもしれません。

例えば先日の記事にも書きましたけれども、実際に大掃除をするのは大変だけれども、どこをどう掃除するのかを “メモしておく”、というのは頑張ればできそうです。

例えば、顧客からの要望が分かりにくいものであれば、大雑把でもいいので “とりあえずやってみて、意見をあおぐ” とか。

よく、行動できないものは細分化しなさいなんて言われますけれども、実際にやってみると、どのように細かく分けるのか?というのは個人の裁量により大きく変わってくることがあります。また細かく切り分けられたものを、違う角度から見つめてみることもヒントになることがあります。

こういったことを考える際に重要なのは、ひとつひとつの行動に対する “目的” が明確になっているかどうか?ではないかと思います。目的が明確になっていなければ、細分化したとしても、意味のある(行動したくなるような)リストになる可能性は低いように感じます。

まとめ

決断をくりかえすということは、簡単なようでいて案外、疲れることです。ですから、無意識的に決断を避けてしまうということもよくあります。

それらを避けるために、できるだけ負担なく決断できるようなバリエーションを考えていく。そのためにはひとつひとつの行動に対する目的(なぜ、それをやるのか?)の明確化が大切ではないでしょうか?

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