私自身の人生のテーマには “自由” というものがあって、私はそれを少し恥ずかしく思っています。

だってなんかもういい歳だし、大人にならなくちゃ、とか…。

以前、「私のTODOリストの先頭にあるもの」というページがちょっとした話題になった気がしますが、やはり私はああいう生きかたはできないと再確認…

  1. 他の人の期待に合わせるのではなく、自分に正直に生きる勇気が欲しかった。
  2. あんなに仕事ばかりするんじゃなかった。
  3. 自分の感情を表す勇気を持てばよかった。
  4. 友達と連絡を絶やさずにいればよかった。
  5. もっと自分を幸せにしてあげればよかった。

だって私はいつも、下記のように感じているから…

  1. もっと他人にあわせたいと思っているけどそんなの無理。
  2. たいして仕事もしないでいつもこんなダラダラしていていいのだろうか。
  3. もうちょっと自分の感情を抑えることができれば、会社でもうまくやれたかも。
  4. だから友達はほとんどいません。
  5. 自分だけが幸せなような気がして、なんか罪悪感がある。

家庭環境の問題

自由ということを考えるとき、家庭環境の問題(影響)であると感じることがあります。

ちなみに私の家は自営業で、それが当たり前のように暮らしてきました。

父親は仕事もやるけれども、どちらかというと他人に任せて自分の好きなことに精を出すというタイプ。だからお金もちではないけれど、とにかく人生を楽しむことができるという、ある意味では日本人ぽくないところがありました。

私にとってはそれが “普通” として育ってきたので、やはり会社勤めは難しかった…もちろんそれ自体を否定するつもりはなく、先の五箇条で述べたような感情をもっているのですけれども。

やりたくないことはやらないで済む、という自由

…というわけで私の育ってきた環境と、周囲の状況をふまえて考えてみますと、私にとって自由とは “手をのばせばすぐ届くもの” であり、同時に “やりたくないことを我慢しながら生きる必要のないこと” を意味します。

つまり、自由というと何か好き勝手に生きる的なイメージがありますけれどもそうではなくて、どちらかというとそのキモは “とりあえずやりたくないことはやらないで済む” という、これくらいの塩梅がいちばん良いのではないか?

ということです。

自由、自由というけれど、目指しすぎれば不自由に

BGM は There’s a Riot Goin on / SLY & The Family Stone より ‘Family Affair’ でどうでしょうか。

蛇足(このブログをやる理由)

ここからは完全に蛇足です。

勘違いだと思っていますが、私は何か自分ひとり(プラス家族)が自由に幸せに生きているような感覚をもっていて、それがちょっと恥ずかしく、またそのことに対して罪悪感を少しだけもっています。

前述したように、私はこういう家庭で育ってきてそれが当たり前と思ってきたけれど、もしかしたらこういう生きかたをまったく知らない人もいるのだろうか、と思うこともあります。

ですのでまあこれは私にとっての自己満足にすぎないのですが、これから少しずつでも何か私に伝えられることがあればと思い、このブログを書いている次第です。

(You Caught Me) Smilin’ again!

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