121019

たとえば朝、目覚めてカーテンをあけたとき、ああ、こんなに天気が良い日はちょっと散歩でもしたいなあ、と感じることがあります。

私はどちらかというと自然が好きなので、近くにある大きな公園を散歩して四季おりおりの花をながめたり、時間に余裕があれば、芝生にゴロンと横になって読書をしたりできるととても幸せです。

考えてみれば、これくらいのこと(朝、目覚めて、気分次第で散歩したり、読書したりできること)というのは、自由というよりも “融通がきく” というレベルのことかもしれませんね…

それでもこんな天気の良い日にふらふらとでかけられるのは、気分良いです。

融通がきくということ

融通がきくということは、状況をコントロールすることだと考えています。

自由というものも同様に、無秩序、無軌道、好き勝手、というようなものではなく、 コントロールすることである、といえるでしょう。

こう考えてみれば、人が自由に対して不安をいだくという気持ちも分かるような気がします。自分自身で状況をコントロールすることはそう簡単ではないですし、それを失ったらどうなっちゃうんだろう、という漠然とした不安があるのかもしれません。

実際的には、ある程度コントロールされていたほうが安心である、という人の方が多いのではないかと思います。たとえば私は雇う、雇われる、ということに関してあまり詳しくないですが、雇用関係についてもこれに近いものがあるのではないでしょうか?

しかし雇われる方からしてみれば、朝、目覚めて気分しだいで散歩にでかけてしまうような融通はきかなくとも、それとは引きかえに安定(したお給料など)というものを得ることによって、現在とおそらく将来の安心を担保しているのではないかと考えると、それはそれで悪いことではないのかも、とも感じます。

想像の域をでませんが、もしかしてこれが大きな企業であれば、何かプライドとか自尊心のようなものも与えてもらえるかもしれませんし、窮屈さを感じることのない大きな水槽の中で、充分な暮らしを満喫できる可能性も高いのかなあ、とか。

状況のコントロールを身につけるということ

それで、“状況のコントロール” という言葉を使ってみましたけれども、これは先日の記事でも書いたように、GTD の実践によって身につけることができると感じています。

将来の見通しを立てて、そのうえで現在の状況をコントロールする。

これこそが GTD で成し得ると私が期待していることであり、私はこれに “自由” を感じています。

そしてもうひとつ、自らの人生において、ある程度、積極的に融通がきくような状況をつくり出すには、それに見合った経済的時間的な自由というものが必要になってきます。

仕事を創るということ

やり方はいろいろあるように思いますが、私自身は、やっぱり自分で仕事を創る(個人として仕事をする)ということがポイントになるかと思っています。

仕事を創る、という表現をしたのは、例えば、独立後もお勤め時代の人間関係などを活かしてお仕事をもらう、とか、コネから仕事をもらう、というようなものではなく、自分の力でサービスなり商品なりをつくることができて、知り合いのいない状態からお客さんも集めることができる、というようなニュアンスを伝えたかったからです。

これは理想的かもしれませんが、しがらみがありませんし、ある種のスキルに近いものでもありますので、様々な状況に柔軟に対応できるのではないかと予想しています。

そのような意味で私は、これからもマーケティングやコピーライティングといったものを学んでいくつもりです。というか仕事柄、学ばざるをえないという部分もあると思いますし…。

経済的時間的な自由ということについてもうひとつ考えてみれば、資産運用・投資というものも視野にいれるべきと思っていますが、これに関してはまだ私はここに書けるほどではないので、いずれかの機会があれば、と考えています。

まとめ

長くなりましたけれども、GTD を身に付けるということと、自分の仕事を創るということは、私にとっては人生を楽しむためのおおきな2つの要、のようなものです。

私はこの細くて長い道をひとりでも進んでいくつもりですが、もしも一緒に歩んでくれる人がいつか現れたら、それはそれで楽しいのかもしれない、とも思っています。

GTD について GTD のカテゴリーで、仕事を創るということについては 好きを仕事に というカテゴリーであれこれと書いています。

写真は今日、撮ったコスモスの花です。

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