私は、整理とは計画のためにあり、計画とはつまるところ、死ぬことを考えることだと考えています。

早い話が、どんなデタラメな生活をしている人でも、普通の感覚をもっている限り、明日のこと、明後日のこと、次の時間、次の仕事を考えないで生活している人はあるまい。かように、いわゆる大計はなくとも、目前の小計はだれもがもっているはずだ。つまり、自分の行為の結果、現在の仕事の成り行きを予想することなしに生活し得る人間はないのである。

人は計画せずに生きていくことができないというのであれば、たしかに、計画を立てることの重要性は強調してもしすぎることはないのでしょう。

しかしもし仮に、生物としての限界、つまり寿命というものがもっとのびたならどうなるでしょうか?

人生における計画をたてるということの重要性は変わらないかもしれませんが、しかしいったい、何をすればいいでしょうか…

…つまり私は、人間にとって死とは避けられないものであるという考えかたを基本として人生について考えてきていたので、その前提がくずれるかもしれないというアイデアをうけいれることに苦労しているのかもしれません。

私にとって癒しとなるのは、人間の個人性と社会性はどこかでイコールである、という感覚で、つまり、ごく個人的な感覚なのですが、我が子の笑顔の愛らしさと世界の平和はどこかでイコールであるはず、ということです。

もしかしたらこんなことは、女性または女性性を持っている人からすれば自明の理かもしれませんね。

そしてこの感覚について鈍感であるならば、それは死の間際において後悔することになるかも、そんな風にも感じています。

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