素人のように発想し、玄人として実行する。

つまり発想の段階では素人のように素直に発想し、いざ実行という段階になったら、プロとして緻密に、徹底的にやる。

これは、カーネギーメロン大学教授である金出武雄さんが研究生活を通してつかんだ秘訣とのこと。

 発想の段階においては、「どんなことができるだろうか」「どんなことを人は欲しているんだろうか」というように、余計なことを考えないで、素直にアマチュア的・直裁的に考える。そして、一旦やるとなれば、妥協を許さず、厳密で細心、プロ的・徹底的に突き詰める仕事をする、ということである。

独創はひらめかない―「素人発想、玄人実行」の法則

私が感じるのは、先日紹介した「人間の真価は、自己からどれくらい解放されているかによって決まる」というアインシュタインの言葉との関連性です。

つまり、自己から解放されていなければ、素人として素直に発想することは難しいのではないでしょうか?

素人だから必ずしも自己から解放されているか? というと決してそういうわけではありませんが、経験を積むごとに、私たちは自己を(アインシュタインの言うところの)牢屋に閉じ込めがちである、と見ることもできるように思います。

ですからこの点において、「素人発想、玄人実行ーー素直に考え、緻密に行う」という金出教授の言葉と先ほどのアインシュタインの言葉には通じるところがあるといえるでしょう。

そしてその先について考えてみるならばーーこれは「独創はひらめかない」にも書いてありましたがーーやはりある種の「楽観」がその根底には必要なのかもしれません。

楽観的でなければ、自己を解放するということはできないような気がします。

ちなみに実行段階においては悲観的なものの見かたが役に立つこともあると思いますが、いずれにせよ楽観的であるということは、マーティン・セリグマンによれば「起きたものごとを自分に対してどのように説明するか?」ということである、とのこと。

 オプティミストは同じような不運に見舞われても、正反対の見方をする。敗北は一時的なもので、その原因もこの場合だけだと考える。そして挫折は自分のせいではなく、そのときの状況とか、不運とか、ほかの人々によるものだと信じる。オプティミストは敗北してもめげない。これは試練だと考えて、もっと努力するのだ。

オプティミストはなぜ成功するか [新装版] (フェニックスシリーズ)

ややもすると私は、素人にもなりきれず、玄人にもなりきれていないことがあるかも…。

だからこそ「素人のように発想しても良いんだ」と思うことができるのならば、それだけで毎日はすこし新鮮に、面白くなってくるような気がしています。

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