私は、私自身が「人生を楽に生きていきたい」という想いから、原因があるから結果がある、という考えかたはあまりしません。

もちろん「昨日、食べ過ぎたから今日、お腹が痛くなった」というように、原因に対する結果が明確であることもあるでしょう。

(この場合は「食べ過ぎた」が原因で「お腹が痛くなった」が結果)

しかし下記の引用にもあるように、ある結果はある原因となり、因果にはその系列が生まれてしまいます

先ほどの例でいえば、「食べ過ぎた」ということは「お腹が痛くなった」ということの原因であったわけではすが、ではなぜ食べ過ぎたのか? その原因は? というように探っていくと、因果の系列はずっと続いていく、ということ。

このようにして、原因と結果の系列をずっとさかのぼっていくと、最後にそれ自身は動かされず、因果関係の系列全体を支えている「不動の動者」に突き当たる。この第一の原因を、アリストテレスは世界の根本原因だと考えるのだ。

読まずに死ねない哲学名著50冊 (フォレスト2545新書) 平原 卓

私個人としては、「不動の動者」である世界の根本原因については、いまの段階では。あまり興味がありません。

大切なことは、ある結果ーー特に、うまくいかなかったことーーに対して、自分自身にその原因がある、と必要以上に思わないこと、だと思っています。

なぜならば、因果には系列があり、ひらたくいえば「あなただけのせい」ではない可能性もあるからです。

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