振り返ってみれば私は、だれかに対して積極的には言いふらしたくないようなことも、いろいろしてきたように思います。

特に若い頃はーーもしかしたら多くの人がそうであったかもしれませんがーー向こうみずというか、怖いもの知らずなところがありました。

もっといえば、「浅はかな」という言葉がぴったりかもしれません。

では、やってきたこととは別に、考えてきたことはどうでしょうか?

やはり同じように、他人には言えないような想いをもっていたと思います。

そして現在の日々において、私が私の心と向きあおうとするとき、その本心、そのほんとうの心の奥には、あまり他人には言えないような汚い心がまだひそんでいることを知るときがあります。

しかし同時に大切だと私がまなんだことは、もしそれらを見つけたら、目をそらさずにきちんと見つめ、認めるということ。(なぜならば、多くの場合、それによって恐怖は恐怖ではなくなるから)

あなたにとって、それなしでは生きる価値がないと思うほど大切なものはなんですか? 10年前なら答えは違っていましたか?

心の扉をたたく291の質問 グレゴリー ストック(実務教育出版 2014)

認めるということは、それらを行動にあらわすということではもちろんなく、そういう自分を内側で許すことであり、私にとっては、それが大きな癒しとなり、結果として、ものごとを客観的に、俯瞰的にながめることができるようになったきっかけだといえるでしょう。

すべての人に、このことがあてはまるとは思いません。

しかし現在の私は、私の、内なるうすぐらい欲望を静かに見つめています。

残りの人生で、いつかそれを昇華させ、よりよい形で結実させることができれば嬉しいですね。

更新情報をメールでお知らせします。

このブログの更新情報を無料でメールでお知らせします。こちらのブログの購読ページから登録してください。