私の家は、少なくとも祖父の代から事業を営んでいたようで、私もその影響を受けて育ったといえます。

特に仕事の面でいえば、会社に勤めるという発想はほぼなく、私も自分で何かをするのだろう、と当たり前に考えていました。

しかしそのような前提(過去)をすべて捨て、私が、私自身の価値観で生きようと考えたとき、私はどのような選択を行うでしょうか?

このように考えたとき、すくなくとも思想や思考の段階においては、すべては自由であるということです。

そのような意味で、自らが信じてやまないものをあえて疑うということは、大人だからこそできる楽しみかもしれません。

自らに制限をかけ、その行動や可能性を縛りつけるものは、過去の記憶です。

それは「学習の結果」と言えるのかもしれませんが、過去から未来に目を向けてみれば、その人の人生は、一瞬で変わると思います。

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